第1章

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 何とも分からない挨拶になったが、チーフ流なのだろう。そのまま店長に言われた通りの仕事をこなすべく、私は、ワゴン台(カーラー、ティッシュペーパー、ケープなどが置いてある)を、自分のなかでは適正と思われる場所に移動させた。  九時になった。早速にお客様が来られた。予約された方なのだろう。店長、チーフもスタンバイである。私はお客様のご案内である。上着をこちらに預けて頂き、バッグをロッカーに収納する。六席ある椅子にご案内の指示は、まだ私にはできないので、それとなく店長なりチーフに求める。 「やまちゃん」(こちら)  チーフの指示でお客様を案内したつもりだった。 「やまちゃん」(カラリングのメニュー)  カラリングのお客様には、首元には黒色のタオル、ケープも黒色、肩掛けにゴムのケープがお約束であった。 「やまちゃん」  多分鈍くささがチーフには見えたのかも知れない。これだけ名前を連呼されたのでは私の注意不足と思われても仕方がない。自分ではてきぱきとしていたつもりだった。与えられた仕事をこなしていたと思っていたのだが、店長、チーフの指示で動いているだけのロボットのようであった。  愕然とした。そして、恥ずかしさと情けなさが心のなかに沸き上がってきた。 (これではだめだ。何とかしないと)  心を入れかえるようにと自分自身に言い聞かせて、仕事を再開した。  その後も店長、チーフから「やまちゃん」の連呼が続く。 「やまちゃん」(お客様にお飲み物を) 「やまちゃん」(タオルの洗濯)  言われる度にこまねずみのように店内を動きまくる。お客様に飲み物の希望を聞き、小部屋で用意してお客様の元に運ぶ。シャンプーコーナーにはタオルかごにタオルが溢れていた。洗濯機を動かす。洗い上がれば干すのも仕事だ。タコ足のような干し器があった。  朝一番で来られたお客様の施術が終わり、お会計を済まされたので、お見送りをする。チーフの担当の方だった。元気な声で「ありがとうございました」とお送りする。必ずドアを出てお見送りをすることになっている。行ったことはないのだが、何となく安っぽいスナックのお見送りみたいだと感じた。だが、この世界では基本なのだろう。学校では習わなかったことが、現実の店にはたくさんあると思った。  お見送りを済ませたチーフが小声で、 「やまちゃん、今のうちに飯行ってこい。今なら店長のお客様だけやから」
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