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時間が早かったようで、あっさりと駐車場に停められた。
とは言っても、すでにそこそこ混んではいたのだけど。
車から降りると、やっぱりここは山の中だと思う。
気温が低い。
少しひんやりとした空気が頬を撫でて、車の中は暖かくしておいたからその落差に余計に山に来た感が湧く。
「今年はイマイチって話ですけど、例年はもっとキレイってことなんですかねぇ」
遠くの山の紅葉を見て、情緒があるのだかないのだか分からない言葉を吐いている彼女を見た。
今日ものっぺりとした顔に、柔らかな髪の毛が肩上のあたりまで垂れている。
そして、その頬は田舎の子供のように少し紅くなっていて可愛い。
そう、お地蔵さんよりもこけしだ。
僕は彼女の手を握り、テレビや新聞でよく取り上げられている一番香嵐渓らしい渓谷と橋のかかる場所を目指してお土産物屋さんのある通りを歩いた。
僕がサクサクと歩こうとしているのを分かっているのかいないのか、谷原さんはいつものようにキョロキョロとしながら歩いている。
そして、僕はそんな彼女に合わせて歩くスピードを落とした。
「食べたいものでもあった?」
「それを探しながら歩いているんじゃないですか!」
なるほど。
「多分、美味しそうなものならここだけじゃなくて川の方とか……いろいろあると思うよ? それに、おにぎりでよければ持ってきたし」
「っもう! おにぎりがあるなら先に言ってくださいよ!」
僕は彼女におにぎりをあげた後のリアクションが好きだから持ってきただけで、彼女が他の物を食べたいのならばそれはそれでいいのだけど……。
おにぎりがあると言った瞬間に、食べ物への興味をなくしたみたいな様子を見ていると、嬉しくて笑ってしまう。
そんなに僕の作ったおにぎりが好きなのかと。
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