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テレビや新聞でこの時期になると目にする香嵐渓の橋の上は、早い時間にも関わらずに人が多かった。
いつものように谷原さんを写真におさめようと思うのに、余計なエキストラの皆さんがたくさん入り込んでしまうし、当の谷原さんが恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。
まるでいうことを聞いてくれない猫だ。
仕方がないから僕は余計なエキストラの皆さんと、まるでエキストラの一員になってしまっている谷原さんを写真におさめた。
うん、僕以外の人がこの写真を見たら、主役が紛れているなんて思わないだろう。
人ごみで溢れかえる観光地をなんとなく撮った一枚にしか見えない。
ある意味、完璧な風景写真。
でも、僕だけが知っているのだ、主役は谷原さんだ。
僕が見ていた写真を覗きこんだ谷原さんが無言でカメラの液晶から視線を外した。
何が言いたい?
君がこっちを向いてくれていたらもう少し普通の出来栄えだったよ?
「先輩って、変な写真になってるとき、絶対に嬉しそうな顔をしてますよね」
ちょっとだけ口を尖らした彼女。
だって、変な写真のときの方が面白いし……可愛いじゃん。
だいたい、普通に撮ろうとしても仏頂面なくせに。
どうせ仏になるのならば、お釈迦様みたいな顔とか、いつものお地蔵さんスマイルになればいいのに。
僕はいろいろと思ったけれども、そのどれもこれもが彼女に言うべき言葉ではないよなぁと思い、口を噤んだ。
そして、誤魔化せてないと思いつつも彼女の手を握って、何事もなかったかのように歩くことにした。
「もうっ」
小さく怒って見せる谷原さんが、可愛い。
「美味しそうな物があったらご馳走してあげるから機嫌直してよ」
一瞬、彼女の時間が止まった気がする。
そして、また動き出した。
「もうっ!」
やっぱり谷原さんは、可愛い。
見た目じゃない、どこか。
一緒にいると、癒される。
アニマルセラピーだ。
谷猫のアニマルセラピー。
僕も彼女を癒せるかな?
僕が動物になるなら……オオカミとかどう?
髪型もそれっぽいし、彼女を捕って喰いたいし。
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