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「先輩」
折原が俺を呼んでいるのだと、すぐに分かった。
それこそ大所帯の体育会系だったのだ。「先輩」と呼びかける後輩は何人もいたし、先輩と呼称されるべき人間も何人もいた。
けれど折原の声は、どこにいたって俺を掴んだ。
それこそ、馬鹿みたいに。
誰もいなくなった部室で、寮の非常階段で。何度かキスをした。
一度だけ、互いの性器に触れたこともあったけれど、それも全部、男子寮での禁欲生活で溜まっていたせいだと思おうとしていた。
その相手がなぜ俺だったのかは、知らないけど。
先輩、と俺を呼ぶ折原の声に、いつしか甘いものが混じり始めたとき、まずいなと思った。
まずい。
こいつは、こんな男だらけの中で、どうしようもない勘違いをし始めているんじゃないのか、と。
ただの性欲処理じゃなくなってるんじゃないのかと。
このままじゃ駄目だと、歯止めが利かなくなると分かっていた。それなのに俺はいつも折原の声で「先輩」と呼ばれるともう駄目だった。
止められなくて、あとはもうなし崩しだ。
でもやめないと駄目だと、分かってはいたんだ。
けれどそれも、俺が卒業したらそのまま過去になって消えるのではないかと、そう言い聞かせて。ひどく他力本願のまま流されていた。
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