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「栞」
ボックス棟を出て中庭に向かう途中で、不機嫌そうに植え込みの煉瓦ブロックに腰かけている栞を発見した。こんな分かりやすいところにいるってことは、追いかけてきて正解だったってことだな。
栞の前に立つと、じっとりと見つめ上げられる。
「なによ、庄司の弁解だったら聞かないかんね、あたし」
「しねぇよ、ありゃあいつが悪い」
「……大体、あんないっつも他の女の子のには良い顔してるくせに、肝心なとこでへたれだし」
「だな」
「はっきりしないし」
不貞腐れきった栞を宥めてやりながら、馬鹿じゃねぇのかと小突いてやりたくなった。相手はもちろん庄司だ。結局なんだかんだ言ったって、栞も庄司のことをそういう目で見ているのに。
あの二人、見た目はチャラい大学生なのに中学生みたいな恋愛してるよねと、地味に毒を吐いたいつかの真知ちゃんの笑顔が脳内をよぎった。
確かにその通りだ。
拗ねた顔をしていた栞が勢い込んでなにやら話しているのを、つい余計なことを考えて聞き流してしまっていた。その態度に気づいたのか「ちょっと佐野。あたしの話、きいてる?」とすごまれたときに、ついうっかり「分かってる、分かってる」と返してしまったのだった。
けれど、間違いなくこれが分かれ目だった。
「ほんと? 良かったー、じゃ早速いこっか」
ご機嫌に立ち上がって俺の腕を掴んだ栞に、頭が一瞬固まった。俺はいったい何の話に頷いたんだ。
「ちょうど良かった、今日、公開練習の日なんだよねー、佐野、もう講義ないっしょ?」
「や、ないけど、公開練習って」
「あーやっぱ聞いてなかった。だからさ、一緒に折原くんに会いにいこって言ったの。それで佐野からもちゃんとあのアホに言ってやってよ、全然そう言うんじゃないんだからって」
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