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帰りの電車の中で、栞がぽそりと呟いたのが嫌に胸に残った。
折原くんってさ、いっつもにこにこしてて、怒ったりとか機嫌悪そうにしたりとか全然ないんだよね。って佐野はそんなの知ってるかもしれないけど。
だからあたし、びっくりしたよ。佐野先輩って、叫んだ時、折原くん、すごい必死な顔してた。
栞がそう言うのなら、あのとき俺が感じた佐野の必死さは見間違いじゃなかったのだろう。
昔はよく感情を、ころころ表情に出す奴だったけど。でも確かにそうだな、嫌な感情の出し方をするタイプじゃなかった。
だからさ、佐野。と栞が言う。
「あんだけ懐いてくれてるかわいい後輩、ちょっとは大事にしてあげたら? なんかあんた、すごい冷たかったけど」
「……んなこと、ねぇつもりだけど」
「そ? なら別にいいけど。ってかそれよりちゃんとあのアホに言っといってやってよね。ついでに発破でもかけといて」
ガタンと電車が揺れて、栞が降りる駅に停車する。
じゃあねと手を振って降りていく栞の後姿が完全に視界から消えたところで、どうにもならない溜息だけが漏れ落ちた。
折原は、ちゃんと割り切ってる。割り切った上で、久しぶりに会った俺が懐かしかっただけだ。
なのに、俺はそうじゃないから。
先輩、とあのころと変わらない声で折原が俺を呼んだとして、けれどあのころとは込められている意味合いは、きっと違う。
なのに、俺は相変わらず、気になって惹きつけられて、しょうがなかったから。馬鹿みたいだと思うのに。それこそ、馬鹿だと思うのに。
やっぱりまだ会えない、と思った。今日はたまたま会ってしまったけれど、もう俺からは絶対、会わないようにしようと、そう。
もし次会う時があるとしたら、それは、俺がきちんと折原を割り切った後じゃないと駄目なんだ。それが、いつになるのかなんて、分からないけれど。
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