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「先輩」
正門から数メートル進んだところで、人を撒いてきたらしい折原が隣に並んできた。前を見据えたまま、俺が小さく息を吐いたのと、折原が嬉しそうに笑ったのがほぼ同時だった。
「先輩の声、変わんないっすね。俺ね、昔から先輩に名前呼ばれると背筋が伸びるっつうか、絶対決めなきゃみたいなこと、よく思ってたの思い出しました」
「おまえはさ、」
昔話なんてしたくない。俺はおまえとそんな話をして、平静でいられない。
もう一度切り捨てる覚悟を溜めて、折原を見上げる。あのころより少し大人びたような気はする。高校生だった頃はもう少し無邪気な少年という感が勝っていた。今は端正、と言う色合いが強くなったように思う。
「おまえは、もう全然あのころとは違うじゃん。なのにこんなとこでわざわざ囲まれて、なにやってんの。っつうかなにがやりたいの」
「だって、俺、先輩の連絡先とか知らねぇし」
「そんなもん、富原にでも聞けよ。知りたかったら」
「その富原さんに、俺に自分の番号教えんなっつったの、あんたでしょうが」
責めるようにと言うよりかは、苦しそうだった。嫌だな、と思った。
ここでこんな、どうにもならない話をしていることも、こいつがこんな表情を見せることも。
「だったらそれで察しろよ。俺はおまえに会いたくなかったの」
「俺は、」
折原の手が伸びたと思った時には、手首をきつく掴まれていた。
「ちょ、おまえ、ここ、どこだと……」
「俺は、ずっと、会いたかった」
文句が立ち消えたのは、折原の眼が馬鹿みたいに真剣だったからだ。
馬鹿だ。掴まれたままの指先が熱いように思うのは、俺がそれを望んでいるからなのだろうか。
だとしたら、どうしようもないと思う。本当に。
「佐野先輩に会いたかった」
呟くように落ちた折原の声は、ひどく頼りない様で、そのくせ何かの祈りみたいだった。
――俺は、おまえに会いたくなかったよ。
言うはずだった台詞は、喉の奥で凍って消えた。
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