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「どうかした? 授業の質問だったら、まだ武内先生いると思うから、呼んでこようか」
「あ、えと、違うんですけど……ちょっと佐野先生に聞きたいことがあって」
「俺に?」
なんだろうと視線を合わせると、「あのね」と他の生徒が近くにいないのを確認してから、こそりと問いかけてきた。
その内容に、彼女の視線に気が付かないふりをしておけば良かったと後悔する羽目に陥ったのだけれど。
「見てたの、山藤さん」
「見てたって言うか、ちょうどうちのすぐ傍だったんですよ。先生が車から降りたのが。で、たまたま運転席が見えたって言うか……、あの人、折原選手ですよね。佐野先生、折原さんとお友達なんですか?」
その瞳は、期待で輝いていた。
なんであいつは無駄に目立つんだ。八つ当たりじみたことを考えながら、なんと言おうか思案して、――結局、止めた。
「高校の時の後輩。今日はたまたま会って、話してたら塾に遅刻しそうになって。だから送ってもらったんだ。でも、それだけで普段は全然会わないよ」
他の生徒がいるところで聞いてこなかっただけ、配慮してくれてありがたいと思わないといけないのかもしれない。
そしてその配慮をしてくれた子なら、暗に「なにを頼まれても無理なのだ」と訴えるだけで大丈夫だと思った。判断は当たりだったらしい。
山藤さんは落胆した表情を浮かべてはいたけれど、「そうなんですか」と応じただけで、それ以上の追及はしてこなかった。
出方を窺うような沈黙を振り切って「気を付けてね、また来週」と生徒向けの常套句で送り出す。
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