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「ありがとうございました」
少しきまり悪そうな笑みを浮かべた彼女を、講師用の愛想を蓄えた笑みで見送る。
硝子戸が閉まり、制服姿が自転車置き場へ消えていったのを見届けてから、隠しきれない溜息を俺は零してしまった。
――やっぱ、送らすんじゃなかったな。
まさかこんなにタイミング良く見られるとは、予想外だったけれど。
感づかれたくはないから、と。塾から距離のある場所で降りたのが見事に災いしたらしい。
昔から目立つ奴ではあったけれど、今はもう、次元が違う。
あのころは、少なくとも勝手に写真を撮られたりしなかった。
なにかしでかしたとしても、監督に雷を落とされたら終わるものだった。
でも、今はそうじゃない。
それなのに、あいつは、なにをまた血迷ってるんだか。
――俺は先輩のこと、そういう意味で好きでしたよ。たぶん、今も、ずっと。
そう言った折原の声が、苦しそうな眼が、勝手に頭の中で何度も何度も再生される。
今更だ、と思う。それは本当に。
もう失くしたと思っていた。終わったと思っていたし、会うことはないだろうと、そうずっと。
馬鹿じゃねぇのとは言うことはできても、俺は嫌いだとは言えなかった。
おまえなんか好きじゃないと言えなかった。
そう言うべきだと、理解していたはずなのに。
もう本当に馬鹿だと、どうしようもないとしか思えなくて――それ以外の言葉を見つけたくなくて、嫌になる。
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