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俺が吐いたため息をどうとったのか、引き留めてすいませんと折原が声音を緩めた。
そして「これ」とチケットを押しつけてきた。掌に握らされたそれは今度行われる国際試合のもので。
今の時期にこれはちょっとプレミアですよと笑いながら折原が口にした続きは、俺には重いものだったけれど。
「先輩はさ、あのころの俺しか知らないでしょ。俺があのころの先輩しか知らないのと同じで。だから今の俺を見てよ」
「折……」
「ね、約束。見に来てくださいよ」
そう言ってにこっと人懐こい顔で笑われると、俺はなにも言えなくて。チケットを押し返すこともできないまま、降りてしまったのだった。
俺が立ち止ったままだなんて、折原に言われなくても自分が一番よく分かっている。
けれどそれを変えていくための踏ん切りがいつも付けられないでいる。
止まったままでいたいのは、やたらと愛しくあのころを思い出してしまうのは、折原がいたからだとでも言うんだろうか。
今と違って、まだ俺にも見ることが出来る夢があって、同じように仲間がいて、すぐそばで折原が笑っていたからだとでも言うのだろうか。
だとしたら本当にどうしようもないと、そう自嘲することしか出来なかった。
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