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「それにあいつ、あんまり自分の名前好きじゃないらしいし。さすがに自分でハートのサインはつくんねぇだろ」
「あー女みたいだからだろ、あるよなそう言うの。どうせおまえら先輩がからかってたんだろ。あいちゃーんって」
「俺は言ってねぇよ、たぶん」
「でも深山ってメンバー仲良かったんだな、あんなバリバリの強豪なのに」
それは体罰も、無駄と思えるほどに厳しい上下関係も、露骨な競争意識もなかったと、そういうことなのだろうか。そんなことはないと簡単に結論は出たけれど、曖昧に首を振るだけに留めた。
苦しかったし、理不尽なこともあった。けれど、思い出すのはいつも楽しかった、充実した記憶のかけらで。
それは、仲が良かったということになるんだろう。
栞にもう始まるよと袖を引かれてフィールドに視線を落とすと、ちょうど選手たちの入場が開始になるところだった。
「ね、佐野」
「なに?」
「楽しみでしょ」
歓声にかき消されないようにと、耳元で叫ばれたそれは、ひどく断定的なもので。
栞に視線を合わせると、予想していたかのように、にっこりと笑った。
「楽しみでしょ、折原くん見るの」
サッカーをしている折原を見るのは好きだった。あのころは純粋にすごいとも思っていたし、当たり前の感情として悔しいとも思っていた。
けれど深山を離れてからはずっと目にしていなかった。だから、楽しみなのかと言われると、実は俺も分かっていない。
「……だな」
でも、そう頷いていた。半分は、そうであってほしいと願いたいような気持だった。
聞こえていたのかいないのかは分からなかったけれど、満足そうに栞がフィールドに向き直ったからたぶん届いていたんだろう。
今の俺を見てほしいと。あのとき折原が言った理由も俺は本当は、たぶん分かっている。気がついている。
富原がいい加減顔を出せと何度も言ってくれている、その理由も。
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