水妖の棲む森へ

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 それからどうやってサミュエル医師と別れたのか、アンはよく覚えていない。  気付けば少女は震える足を叱咤しながら、逃げるように獣道を走っていた。  黒くそびえる絞首台を通り過ぎ、小屋まで辿り着いたころにはすでに日が沈んでいた。 侵入防止のチェーンをまたぎ、公道に出て森を振り向く。  宵闇に塗りつぶされた針葉樹林の森は、まるで闇がぽっかりと口を開けているように少女の目には映った。飲み込まれるような錯覚を覚え、慌てて森に背を向ける。  恐怖と興奮に浮かされながら、アンはひたすら家路を歩く。  そんな少女の背後では、下弦の月が森の奥から立ちのぼる夜霧を白く浮かび上がらせていた。
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