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放課後が来ると、アンはあらかじめまとめておいた荷物を素早くカバンに移し、逃げるように教室を後にした。
急いで、しかし目立たないように校門をくぐり、前方に立ちはだかる暗い森を目指して裏道をひたすら駆ける。30分ほど早足で歩けば、立ち入り禁止の看板とチェーンの張られた入り口が見えてきた。
薄く霧のたちこめる針葉樹の森――――地元の住民は、ここを「黒の森」と呼ぶ。
森へ通じるのは軽自動車が一台通れるほどしか幅の無い農道しかない。私有地で立ち入りが禁じられているためもあってか、アンは自分以外の人間が森へ入るのを見たことが無かった。
周囲には建物一つ建っておらず、一番近くにあるのは徒歩で1時間弱かかるミドルスクール(中学校)だ。
周囲に人目がないことを確認し、アンは侵入防止のチェーンをそっと跨いで森へ足を踏み入れた。
放課後に彼女がこの森に入り浸るようになって、今日でちょうど一ヵ月が経つ。
比較的、草の生えていない獣道をしばらく歩けば、古びた物置き小屋にたどり着く。中にはレジャー用の折り畳み椅子やチェーンソー、シャベルや鎌などが壁に立てかけられていた。
建てつけの悪い引き戸を開き、アンは中へ入る。天井に吊るされた豆電球の灯りをつけ、折り畳み椅子に腰を下ろした。町の図書館で借りた文庫本を膝の上で開く。
ページに目を落とせば、瞬く間に本の世界へのめり込んだ。ぼんやりと光るオレンジの灯りを頼りに、時間を忘れて活字を貪る。
静寂に包まれた小屋の中で、ページをめくるかすかな音だけが響いた。
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