水妖の棲む森へ

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 怯えをにじませた少女を見下ろし、老医師は首を横に振る。 「残虐ではあるが、れっきとした史実だ。歴史を学ぶことに、良いも悪いも無い。魔女狩りの歴史に興味があるのかね?」 「え? は、はい」  両親のように老医師も自分を叱ると思い込んでいたアンは、意外な言葉に顔を上げた。サミュエル医師は無表情だったが、怒りや叱責の色はそこにない。 「ほう、どんな所に? 良ければ、教えてくれないかな」  声は低く太いが、ゆったりとした穏やかな話し方で少女に語りかける。 「えっと、その……どうして、こんな残酷なことが起きたんだろうと思って」  小さく頷き、老医師は無言で続きを促す。今まで後ろ指を指されてきた話題を振られて、アンの心はにわかに踊った。 「前、中世ヨーロッパについて書かれた本を読んでいると面白くって、じゃなくて、興味を持ったんです。そこから、色々なことを調べたいと思って」 「ふむ。中世ヨーロッパに」 「はい……」 「そうか」  静かな声が相槌を打つ。そこで会話が途切れてしまい、アンは続けて何を話せばいいのかわからず口ごもった。 「……そういえば300年前まで、この町でも魔女狩りが行われたんですよね」 「よく知ってるね。今の子は郷土の歴史にあまり興味を持たないと思っていたが」  老医師はポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけた。さっと一服ふかすと、水の入ったバケツに吸い殻を放り投げる。 「そんな昔の話でもない。この森ではほんの三十年前もまだ、似たようなことが行われていたんだ」 「三十年前?」
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