秋風の中で

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 十月になると、風は東京でもすっかり秋の装いとなり、大会目指した練習がより本格的に始まった。  まだ大会では一回生の僕の出番は無いが、記録は順調に伸びてきている。  そして何より、モモがICUを出て一般病棟に移ったんだ。  先週も大阪まで、お見舞いに行ってきたけどモモも順調に回復している様に見えた。 「モモ、よかった。これで胸張って会える。」 「そだよ、忍び込んだりしちゃって、ドキドキもんだった。」  久しぶりに見るモモの笑顔が眩しかった。 「でも、あれは内緒だけど手引きしてくれた人がいたんだ。」 「そうなの。」  モモは興味津々な様子だったけれど、田中さんの事は話さなかった。  男の約束は守る。 モモは、顔色こそ青白かったけれど、体力はかなり戻ったように見えた。  ただ右の胸の辺りの虚ろが痛々しかった。  しかし僕は思った。 モモは自分の躰の一部を失ったけれど、心には、それに見合うだけの優しさや強さを身につけたんだと。  モモは以前にまして素敵になった。
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