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――結論から言えば、それが命取りだった。
マナと呼ばれる不可視の力――いや、それよりももっと純粋で黒い何かが、体の自由を奪う。
大理石の床にうつ伏せに倒れた俺の頬に、鈍い痛みとバキリと嫌な音がする。
歩くというには不自然すぎる、ぬるりと這うようにして眼前に現れた彼女は、手に持った短剣を俺の首に当てた。
「――剣聖アルベリク」
聞いたこともないような、彼女の冷たい声音。
「君は少し、出しゃばり過ぎたみたい――聖女様が、お怒りなの」
――聖女?
その疑問を口にする前に、彼女は首に押し当てた短剣に力を込めた。冷たさと激痛とともに皮が弾け、どろりと生暖かい血が首を伝う。
「ぐぅ……っ」
それに耐えようと、歯を食いしばった。
「君は、聖女を冒涜しすぎた」
「……っ、冒涜も……何も――」
「黙れ」
「い……っ」
鋭い視線とともに、首の肉がさらに深く抉られていく。
あまりの痛みに、食いしばった歯の隙間からうめき声が漏れた。
「……このまま誰も助けに来てくれなかったら、君は死ぬ。どう? 誰も知らないところで、かつて慕われていた女に殺される気分は?」
「……はは……ま、あ……悪くは……ないさ」
――これはまずいな。
強がりを言う俺に、不快だと言いたげな彼女の雰囲気を感じながら、ぼんやりと他人事のようにそんなことを思った。
既に手足の感覚はなく、意識も薄れ始めている。
「……レイファ」
ぼやけた視界の中、彼女に触れようと手を伸ばす。
しかし、それは届くことはなく。
「――――――」
残る力をふり絞り、乾いた唇をゆっくりと動かした。
「――っ」
彼女がわずかに息を呑むような空気を感じたような気がする。
気のせいでも良かった。
満足して目を閉じる。
そして、ゆっくりと意識を手放した。
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