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「それなら良かったです……」
安堵したように、ふぅと息を吐く。礼儀正しいし、愛想も良いし、何より可愛い。
なんとなく、彼女なら他の住人の許可も難なくもらってきそうな気がした。
「とにかく、これからよろしくね」
「はい! ……あ、そうだ、ちょっと待っててくださいね!」
そう言うと彼女は隣の部屋に駆け込んでいった。僕は自分の部屋の前で一人、待つことになる。
西日が眩しい。ひぐらしの鳴き声は僕の中の寂しさを鳴らす。どうしてだろう。僕は夏を迎えるときの高揚感よりも、過ぎ行く夏を惜しむときの寂寥感の方が好きだ。
「すいません、お待たせしました!」
ガチャ。ドアが開くときの面白みのない音でさえ、彼女が奏でると小気味の良い短音になる。
「えっと、これ。つまらないものですが」
彼女が持ってきたのはスポーツドリンクだった。薬局とかで安く売っているやつじゃなくて、ちゃんとした飲料メーカーの商品。
「引越し屋さんの差し入れに買ってたんですけど、余っちゃったんで」
彼女の右手から差し出されるそれを、僕は包み込むように両手で受け取る。
「そうなんだ。ありがとう」
引越しの挨拶にスポドリ。その奇妙な組み合わせに、何故だか笑みがこぼれた。よろしく、と僕は言う。
出会った季節は夏。僕が大学2年生のときだった。
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