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今度は僕がペコペコと頭を下げる番だった。さっきまでの僕は冷静さを欠いていて、辻川さんが歌に乗せて必死に伝えようとした想いに、ただ応えようとしていただけで。
僕は直情的で愚かな自分を恥じた。
「え、じゃあうるさくて怒ってたわけじゃないの?」
「うん、誤解させて本当にごめん」
それを聞いて、辻川さんは安心したような笑みを浮かべた。表情がコロコロと変わって、一つ一つがそのときの彼女の感情を良く表しているものだから、見ていて飽きないのだ。
数日前、「住人の皆さんから許可が取れましたよ!」と報告に来た彼女の心底嬉しそうな顔を思い出す。
自分のやりたいことができる。たったそれだけのことで、人はあんなにも幸せそうな顔ができるのか。そう思った。
それから僕たちは、彼女の部屋の前で色々な話をした。
僕と同年代みたいだったから、大学に通いつつサークルか何かでバンドの活動をやっているのだと思っていたのだけど、事情は大きく違った。
辻川さんは自分のことをシンガーソングライターと呼ぶ。
ストリートライブに明け暮れて、バイト代と投げ入れられるわずかばかりの小銭でなんとか食いつないでいくつもりらしい。
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