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キラキラとした瞳で見つめてくる彼女に、僕は苦笑いを返すことしかできない。
親と対立し、家を出てまで自分のやりたいことを貫く彼女の生き様は、本人にその気はなくても僕の人生がくだらないものだと言っているようだった。
彼女が僕を見下すのではない。僕が勝手に思って、僕が自分を見下すのだ。
何かにひたむきに打ち込むことのできない僕に、辻川さんの生き方は酷く眩しく映る。
その日以降、辻川さんの生活音は僕の部屋に心地よく溶け込んでいった。
いつのまにか彼女の演奏を壁越しに聴くことが日課になっていて、僕は演奏会が始まったらテレビの電源を消して彼女と彼女の楽器が奏でるメロディに耳を傾ける。
音が止んだら外に出て、隣の部屋のドアを叩く。感想を伝えるために、そして彼女と会話をするために。
回数は1回から3回。3回なら最高、2回なら良い、1回ならイマイチ。それが僕の感想の伝え方で、こんな奇妙なやり取りを毎日繰り返していたら、それはいつのまにか二人の暗黙の了解になっていた。
3回ドアを叩いたときと1回ドアを叩いたときの、辻川さんの表情の違いがあまりにも分かりやすかったから、僕は自分の想いが伝わっているのを確信した。
3回のときはご主人と遊んでいるときの飼い犬で、1回のときはエサをお預けにされた子犬といったところだろうか。その後の会話の、声のトーンの高低差だって激しい。
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