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「読者の知識教養に貢献を~」なんてのたまっておいて、売り上げアップの具体的な方法を提案できないどころか、その出版社の書籍を1冊も持ってないんだから笑える。
面接官の溜息にショックを受ける余地さえもない。
「君さ、どこかに受かれば良いや、なんて考えている人間を採る企業があると思う?」
ああ、まったくその通りだ。
僕が他人事のように「そうですね」と言うと、面接官は無言で目をつむり、静かに首を振った。呆れて言葉が出ないようだった。
コツン、コツン。1段、1段。自分の出す濁った足音が僕の後ろをついてくる。
右手に提げたビニール袋が揺れて、乾いた音が鳴る。二重奏。なんて耳ざわりが悪いのだろう。
僕はなんとなしに、空いていた左手で拳を作り、手すりを一回叩いた。ゴン、という鈍い音が反響して、握り拳の底に剥がれた赤錆が付着する。
そういえば、最近耳に心地良い音を聴いていないな。
階段を上った先、正面にある部屋にかけられたネームプレートは依然として真っ白なままだった。
空っぽの証明にざわつく心。この部屋の前で吸う空気はいつも冷たくて、寄せては返す波のように拍動する心臓の音を、耳が拾う。
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