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「あの、もしかして起こしちゃいましたか?」
「だ、大丈夫! むしろ寝坊助を起こしてくれてありがとうって感じだよ!」
また謝られる前に、本当に平気だと伝える。何かに怯えているようだった。
自分が他人を威圧するような容姿をしているとは思ってはいないけど、無駄に背だけはあるから怖がらせてしまったのかもしれない。
彼女のしゅんとした顔が見たくなくて、できるだけ柔らかい口調でゆっくりと話しかける。
「それにしても、いまどき珍しいね。引っ越しの挨拶なんて、俺はやんなかったよ」
僕は彼女を褒めたつもりだったのだけど。
「いや、えーと、あの、そのぅ」
辻川さんは僕の言葉に急に歯切れが悪くなり、ケースの背負い紐をぎゅっと握って俯いた。
何だろう。言っちゃまずいことを口にしてしまったのだろうか。疑問に思っていると、覚悟を決めたのか勢いよく顔をあげて僕を見据えてくる。
「実は、下心がありまして」
「下心?」
下心。頭の中でその単語を反芻して、一つの可能性に行きつくと心臓がうるさいくらいに拍動し始めた。
まさか、彼女は僕とお近づきになるためにわざわざ挨拶をしにきてくれたんじゃないだろうか。
僕の記憶にはないけど、辻川さんは僕とどこかで会ったことがあって、そのときに一目惚れされてたりして。
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