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「何で!」
「人の道に外れたことを許さない人のように見えましたから」
「そりゃ、時と場合によりけりだろ」柏原はばんと机を叩いた。
「見ず知らずの他人なら、いくらでもきれい事で通すさ。けど、わたしゃあんたの旦那は知らないからね。じゃ、目の前の人をかばうのは当然だろ。それが人間ってもんじゃないのかい」
房江は目を見開いて柏原を凝視した。まばたきもせず、瞳の面がゆらゆらと揺れる。
「人間だから理性的にならなければいけないのだと思いました」
「人間だから本音を隠していいのかね、そっちの方が嘘っぽくないかね? 表裏がない人は話が別だよ、けど、きれいな水には魚は住まないっていうじゃないか。呼吸ができないからだよ」
「そう、息がつまりそうでした。誰にも、心の奥底を語るわけにはいかなかった。口に出したら全てを失うようで怖かったのです。彼女は私とは違っていた。失うものが何もない。敵わない……夫があの人を手放せないのも道理だと思ったんです」
「あんた、自分をもっと大事にせにゃあ!!」
柏原は怒った。
房江や房江の息子、夫や愛人やその子供、果ては政治や近所のよろず屋の悪口までついて出た。柏原のあまりの剣幕に、房江は笑い、そして女たちは泣いた。
「今からでも言っていいんでしょうか、死んだ人のことを悪くいうのは許されないのではないでしょうか」
「言ったっていいんだよ! あんたの亭主なんだから!」
「そうですね」
指先で涙の粒を払い、房江は泣き笑いをしながら続ける。
「私が下の子を引き受けたくないのは別の理由があるんです。あちらの家族が手放さないとか息子との折り合いが悪いとか、そんなことより何より、私が受け付けません。だって、主人に生き写しなんです、私が産んだ息子は……そうではなかった。あの女の方が夫との縁が深いんだと、見ているのが辛かった」
「じゃ、今度会った時、思いっきり顔を張るといい」
房江は目を丸くする。
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