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「子供に手を上げるんですか!」
「そうだよ、威勢よくぱーんと一発、いや二発三発やってもいい」
「だ、だって」
「そして言ってやるんだ、あんたが嫌いだ、って、その後、抱き付くんだよ! 何で私を置いて死んだんだ、このロクデナシ! って罵倒してやるといい! だって旦那にそっくりなんだろ? 旦那への不満をぶちまけてやるんだよ、親の因果は子に報いるもんなんだからさ」
「まあ! もう、めちゃくちゃ」房江は泣き笑いした。
翌日、柏原はたんすの上に写真立てが飾られているのを見つけた。
ピントが甘くて少し茶色くなった白黒の写真は、ぼけてはいても被写体の人となりを現す。
余所で女を一人、あるいは複数囲っていると聞いて納得できる魅力を湛えた顔立ちだった。妻が夫を許してしまうのも仕方がないと納得できるような。
「いい男だねえ」と感嘆したら、房江は少し頬を赤らめた。
もちろん、見かけだけで長く関係は続かない。このふたりだけにしかわからない、通じ合えない何かがあったから夫婦たり得た隣人を、悪く言えるだけのものを自分は持ちあわせていないと柏原は思った。
房江が夫の遺影を飾り出してから間もなく、柏原はいつものように縁側から声を掛けた。青菜を土産に携え、茶を飲もうと誘おうと思ったが、奥からひそひそと話し声がする。
一方的に話し、黙り、また話す。
ああ、電話中なのか。電話でも話しができる人はいるんだ。当然だね。よいことだよ。
長引きそうな雰囲気だったので、柏原は青菜を縁側に置いてそのまま帰った。
翌日、その青菜を使った総菜を持って房江がやってきた。
おや、顔が明るいよ。どうしたことだろう。
昨日の電話の相手とよほど良い話をしたみえる。良き便りだったらいいいんだけどね。
問うより早く、房江は言った。
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