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「聞いて下さいな、息子のところに子供ができたんですよ!」
まるで自分が身籠もったように頬を紅潮させて満面に笑みを浮かべているのだ。幸せそうに笑う房江を見たのは初めてだった。
「初めての孫になるんですよ、男の子かしら、女の子かしら、用意は今からでも早くはないですよね、あちらのご両親もお喜びでしょうけど、嫁にもらったのはうちですから、こちらが話を進めていいのですよね、どうしたらいいでしょう」
止めどなく流れる水のように、房江は素直に喜びを表した。
それでいいんだよ、本来のあんたは気立てのいい、素直な人なんだ。子供がわだかまりを流してくれるんだね。
「あんたのところの孫は、私が取り上げてやるよ」
「取り上げって……」
「あたしゃ、産婆やってたんだよ。この腕で何人も子供を取り上げた。それで食って子供たちを育てた。腕は確かだよ」
「いいんですか? お願いしても」
「ああ、もちろんだよ」
房江は手を打って喜んだ。
彼女の笑顔があまりにもうれしそうに見えたから、つい思ってしまったのだ、彼女の幸せが長く続くようにと。
孫の誕生を待つ悦びの絶頂の中で、房江は死んだ。高熱を出して寝込み、肺炎に繋がった。あっけない最期だった。孫の顔を見ることもなかった。
不憫じゃないか、あんまりだよ。
柏原は天に向かって拳を振り上げる。
房江に用意された人生の理不尽さに、やり場のない怒りをどこへ持っていったらいいかわからなかった。
房江は二度と奥多摩の家へ戻れず、柏原も房江の葬儀に出なかった。葬儀は都内で執り行われたからだ。
柏原が知る限りでは、息子夫婦が母が住んでいた家を訪れた気配はとうとうなかった。
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