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「美味かったよ」
「もう一杯如何ですか」
盆の上の急須を持ち上げ、政は聞く。
今度は一気に飲めないぐらいの熱い湯が入っているのだろう、「有り難く頂戴するよ」と急須に手を伸ばすと、政がそれを止める。
「自分のことは自分でやるさ」
「いえ、やらせて下さい」
「怪我人のくせにかい?」
彼の利き手は白い包帯が仰々しく巻かれていた。
柏原は政の妻の出産に立ち合い、すぐ側で付き添っていた彼は始終妻の手を離さなかった。彼の掌は、青竹すら素手で断ち割るといわれる出産時の女の力で思いっきり握られ、痛め付けられていた。
「それぐらい平気です」
「じゃ、好きにするといいさ」
背中を丸めて茶を注ぐ様子を肩越しに見守りながら思う。
……あの人の子供なんだねえ。
湯飲みから立ち上る湯気をどちらともなく見ながら、男女二人は沈黙する。
気まずさのかけらもない静寂だ。
奥の部屋には、たった今産まれたばかりの子供とその母親、そして母親の姉夫婦がいるというのに、この縁側は彼らとは隔絶されたところにある。
「ありがとうございます」
政は深々と頭を下げる。
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