第1章

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ふさふさとした頭髪に混ざる白い髪は、彼の年齢では珍しくはないが、少しばかり量が多いように見えた。 白髪すなわち苦労の数ではないが、おそらく同年代の男性より積み重なった経験は重く深い。 どこかで見たことがあるよ、全く同じような感じで頭を下げた人がいたんだよ。 柏原ははっとする。 ああ、あんたか。そうか、親子だもんね。 「よしとくれよ」 柏原は手を振った。 「私ゃできることをやっただけさ」 「そうかもしれません。けれど、あなたは子供と我が家の恩人です」 「あんたが言うと気色悪いよ」 「悪いですか」 「だってそうだろ、お互い印象は最悪なはずだ」 政はこれには苦笑で応えた。 ほんの少し前まで、柏原と政は犬猿の間柄だった。顔を合わせる度、険悪の度合いは深まる。一方的に嫌っていたのは政の方だったのだが、蛇蝎の如く忌み嫌い合うのも時間の問題だった。 これは柏原にも半分以上責任がある。 引っ越してきた政達に暴言を吐いたのは柏原の方が先だった。幼い子供を亡くしたばかりの若夫婦に、住んだ方角が悪かったから若死にしたと言ったのだから。 「わかってて言った時もあるけどさ、私は何事も後悔しない性分なんだ、だから自分が悪くても簡単には謝らないよ」 「それでいいです。自分も失礼なことを平気で言いました」 「何て言ったっけね」 「さあ、どうでしたか」 「お互い様ってことだね」 「ですね」 二人は同時に縁側の向こうを眺めた。 春とはいえまだ奥多摩は寒い。都心は咲いている桜もこの辺りはまだ蕾は固い。 けれど、あと一,二週間もすれば、満開の桜に彩られる。 「赤ん坊は桜の季節に産まれたんだねえ」 「はい。毎年、この季節になったら、今日を思い出すことでしょう」 「そりゃいい。過去を振り返る機会は年食うと減るからね、あんたみたいな商売してると振り出しに戻った方がいいんだろ」 「おっしゃる通りです」 政は目を細め、つぶやく。
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