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ふさふさとした頭髪に混ざる白い髪は、彼の年齢では珍しくはないが、少しばかり量が多いように見えた。
白髪すなわち苦労の数ではないが、おそらく同年代の男性より積み重なった経験は重く深い。
どこかで見たことがあるよ、全く同じような感じで頭を下げた人がいたんだよ。
柏原ははっとする。
ああ、あんたか。そうか、親子だもんね。
「よしとくれよ」
柏原は手を振った。
「私ゃできることをやっただけさ」
「そうかもしれません。けれど、あなたは子供と我が家の恩人です」
「あんたが言うと気色悪いよ」
「悪いですか」
「だってそうだろ、お互い印象は最悪なはずだ」
政はこれには苦笑で応えた。
ほんの少し前まで、柏原と政は犬猿の間柄だった。顔を合わせる度、険悪の度合いは深まる。一方的に嫌っていたのは政の方だったのだが、蛇蝎の如く忌み嫌い合うのも時間の問題だった。
これは柏原にも半分以上責任がある。
引っ越してきた政達に暴言を吐いたのは柏原の方が先だった。幼い子供を亡くしたばかりの若夫婦に、住んだ方角が悪かったから若死にしたと言ったのだから。
「わかってて言った時もあるけどさ、私は何事も後悔しない性分なんだ、だから自分が悪くても簡単には謝らないよ」
「それでいいです。自分も失礼なことを平気で言いました」
「何て言ったっけね」
「さあ、どうでしたか」
「お互い様ってことだね」
「ですね」
二人は同時に縁側の向こうを眺めた。
春とはいえまだ奥多摩は寒い。都心は咲いている桜もこの辺りはまだ蕾は固い。
けれど、あと一,二週間もすれば、満開の桜に彩られる。
「赤ん坊は桜の季節に産まれたんだねえ」
「はい。毎年、この季節になったら、今日を思い出すことでしょう」
「そりゃいい。過去を振り返る機会は年食うと減るからね、あんたみたいな商売してると振り出しに戻った方がいいんだろ」
「おっしゃる通りです」
政は目を細め、つぶやく。
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