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「こちらには長いのですか」
「私かい?」
「はい。自分達がこちらに居を構えていたころにはいらっしゃらなかったかと」
「そうだよ、多分あんたらと入れ違いだったんじゃないかね」
「そうですか」
政の顔から、少し落胆した色が滲んだように思ったから、柏原は問う。
「長くないと何か問題でもあるのかい」
「いえ、そういうわけでは……」
「フサちゃんのことだろ」
ぴくり、と政は肩を揺らす。
「聞きたかったんじゃないのかい? あんたの母親のことだから」
「……親しかったのですか」
「フサちゃんはここへ越してきてすぐに死んじまったからさ、残念だけど友人と言えるほどではなかったかな」
「そうですか」
「けど、あんたらの家庭のことは、それなりに知ってるよ。多分、あんたが知らない事もね。……ああ、安心しな。フサちゃんはおしゃべりじゃないから、あることないこと吹聴して回る質じゃない。私が聞き出した……というより、そうだね、何となく雰囲気でわかることがあるんだよ」
「はあ」
「けど、そうだねえ……きっと身内には言えないようなことって人にはあるだろ。混じりけなしの本心だから、アカの他人ならあっさり口に出しやすいこと」
「あるかもしれません」政は背を丸めて手元を見つめる。
「柏原さんから見て、母はどう映りましたか」
「知りたいかい?」
「はい」言って、政は言い直す。「いえ……。実のところ、良くわからないんです」
会話が少しの間、途切れた。
「あの子はきっと美人になる。いい仕事したよ。あたしの最後の取り上げ子だ、大切にしてやるんだね」
柏原は首を動かす。
ぽきり、と軽い音が二回鳴った。
母子がいる奥の方から、小さな欠伸が聞こえてきた。
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