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◇ ◇ ◇
時は少し遡る。
柏原が住まいを奥多摩に変えた頃だ。
夫はすでにいない。戦争が連れて行ってしまった。
今まで彼女は闇雲に働いた。残された子供たちを必死に育て上げ、そして皆無事に独り立ちさせた。
寄る年並みを感じた頃に仕事から退いて、悠々自適の隠居暮らしを始めた。
ちょっと奥に引っ込みすぎたかね、と思いもしたが、彼女のわずかばかりの蓄えでは都内の便が良いところに家を求めるのは無理だった。
子供たちに頼るのなどもってのほかだ。
あたしは余生を気ままに、口やかましく、皆に疎まれても嫌われてもいいから我が儘に好きなことしていくんだ。死んだ亭主の分も。
どうせ先は長くない、もうじきお迎えが来ることだろう。人生の終わりくらい、好きなようにさせてもらってもバチは当たらないだろ?
これまで死にものぐるいで石にかじりつくような思いで働いて来たんだからさ。
移り住んだ着いた家はとっても小さかった。居間に台所に風呂、便所がついているだけの平屋だった。台風が来たらあっという間に飛んで行ってしまうような。
結婚して間もない頃に住んだ家はもっと小さかった。鼻の奥がつんと痛くなる思い出を育んだ愛しの我が家を思い出させるこの家を一目で気に入り、即契約した。
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