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教室の戸を開けたら、そこには、もうすでに授業が始まっているクラスの様子があった──という夢を見て飛び起きた有紗。
夢だとわかった時には、本当に、ほんっとうに安堵したものだった。
彼女はいつも、やや早めに教室に入る。
理由は簡単で、昇降口が混雑している時間帯に行きたくないからだ。
朝は静かにゆっくり教室に向かいたい人なのだ。
それはともかく、教室の戸を開けたら──何、この視線は。
有紗は見慣れたクラスメート達から、なぜか不思議そうな視線を向けられている。
一瞬、教室を間違えたのかと思ったが、そんなわけはない。
どの顔も、昨日見た顔ばかりだ。
何となく気圧された感じになって中に入るのをためらっていると、矢島君というクラスでもかなり賑やかな男子が、気さくな調子で言った。
「えっと……もしかして、昨日先生から聞いた転校生?」
「……え?」
転校生とは、どういうことだ?
有紗の頭は一気に混乱した。
何度か意味のないまばたきを連続してから、矢島君に聞き返す。
「あの、矢島君……」
「惜しいっ。俺は田島君だ。ま、とにかく先生待ってるだろうから、職員室に行ったほうがいいよ。場所わかる?」
「わ、わかり……ます」
「先に教室に来ちゃったことは内緒にしといてやるよ」
いまだ混乱したまま、有紗は教室の戸を閉めてしまったのだった。
有紗は廊下をトボトボと歩きながら、つい先ほどの出来事を思い返していた。
──もしかして、昨日先生から聞いた転校生?
──惜しいっ。俺は田島君だ。
クラスのみんなで、悪戯でも仕掛けてきたのかと思った。
けれど、それなら教室の戸を閉めた時点で種明かしをしてもいいはずだ。
それとも、この遊びは担任のところへ行くまで続けられるのだろうか。
そう思って後ろを振り向いてみたが、後をつけている悪戯っ子の姿は見えない。
そして有紗は、あの時のクラスメートの表情を思い出す。
誰もが本気で有紗を知らないような顔をしていた。
時間が早かったから、クラス全員がいたわけではない。だいたい十数人くらいだったか。
一人くらい正直な人がいてもよさそうだが、誰もいなかった。
結局、何の解決も見出せないまま職員室に着いてしまった。
「あら、早いのね。担任の岩井です。よろしくね」
にっこりと微笑む三十半ば過ぎの女性担任の挨拶に、有紗は眩暈を起こしそうになった。
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