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有紗が知っている担任の名は岩本だ。
愕然としていると、岩井先生が心配そうな顔をした。
「どうしたの、具合悪いの?」
「あ……いえ、大丈夫です……」
「緊張しちゃったのかな? 気分が悪くなったら遠慮しちゃダメよ」
「はい……ありがとうございます」
いくらなんでも、先生までこんな悪ふざけはしないだろう。
時間が来るまで、有紗はそのまま岩井先生の傍でぼんやりとしていた。
疲れた脳みそのまま岩井先生について教室へ向かう。
中に入ると、先ほどクラスにいた生徒達が少し笑った。
特に田島君はニヤニヤしながら有紗を見ていた。
よく見知ったクラスメートを前に、まったく知らない転校生として立つことになり、有紗はどんな顔をしたらいいのかわからなかった。
「昨日お話しした転校生の杉田有紗さんです──」
「え!?」
思わず、驚きの声が出てしまった。
岩井先生は、有紗のその声に驚いて目を丸くした。
「どうしました?」
「あの、私、杉野です。杉野有紗……」
「あら、そうだったの? 書類が間違ってたのかしら……ごめんなさいね。じゃあ、杉野さんは、あそこにいるクラス委員の坂下さんに、わからないことがあったら聞いてくださいね。席も隣に用意したから」
坂下さんというのは、おそらく、有紗の記憶では坂田さんだ──そう確信して見ると、まさにその通りだった。
込み上げてくる変な笑いの衝動をグッとこらえる。
有紗は坂下さんの隣の席に着くと、がんばって普通に見えるような笑みを作った。
「杉野です。よろしくね」
「坂下です。こちらこそ、よろしく。教科書はある?」
「うん、大丈夫」
その時、田島君が坂下さんの向こうから身を乗り出してきて割り込んできた。
「ねえ、もしかして自分の名前も間違えてんじゃねぇの? 俺の名前、覚えてる? 矢島じゃなくて田島だから」
「お、覚えてるよっ。それより、そのことは言わないって言ってたのに」
有紗が口を尖らせて言うと、田島君はとぼけた顔で「そうだっけ」と言った。
記憶の中の矢島君も、こんな調子のいい奴だったと有紗は思い出し、ため息を吐いた。
「何かあったの?」
「いい質問だ、坂下。実はな……」
「口が軽いにもほどがあるだろ!」
とっておきの秘密を打ち明けるような顔で口を開いた田島君の頭を、有紗はあっちへ行けとばかりに押した。
そこに、岩井先生の呆れたような声が降ってきた。
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