9日目

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9日目

ちらほらと、空から真っ白い雪が降ってくる。マフラーに埋めていた顔を怠そうに上げると、首元にひんやりとした風が入り込んできた。ぶるっと身震いすると、隣で驚いたように空を見上げていた君が白い息を吐きながら笑う。その顔に先ほどまで見えていた憂いなど無く、楽しそうだ。その笑顔に、俺は微かに頬が熱くなるのが分かった。 「雪、降ったね。積もるかなぁ」 「どうだろうな」 そんな曖昧な言葉しか返せず、俺はまたマフラーに顔を埋め目を閉じる。 真っ黒に染まった視界の中、俺は耳を澄ませる。聞こえるのは、君のため息に似た吐息。鞄の中で音を奏でる道具達。2人分の足音。そして、もう一つ。それは、先ほどからチッチッとリズミカルな音を出している。目を開けて、そちらに視線を投げる。 君の左手首に巻かれている、腕時計。中心が黒く、周りは白い。そんなデザインの文字盤は、まるでこちら側を覗く目玉のようだ。可愛いものが好きな君には、なんだか不釣り合いな気がして。俺は少し、その時計が苦手だ。だけど「先祖代々受け継がれている、家宝なんだ」と嬉しそうな君の顔を思い出して、そのデザインもたまには良いかな、なんて思ったりもする。 「そう言えば今日ね、あの人に告白したの。断られちゃったけど」 唐突に君の口から転がってきた言葉は、俺の心臓を痛いほどに締め付けた。分かっていた。君があいつのことが好きなことぐらい。いつも感じていたこの胸の痛みが、君のせいだってことぐらい。 俺はまた、曖昧な言葉を返そうと思考を巡らす。だけど、頭に浮かぶ言葉達はいつもの曖昧な言葉じゃなくて。まるで、決められていたかのように、口から言葉が出てくる。 「俺さ」 「だからね」 俺の言葉を遮って、君は言う。横を見れば、君が笑う姿が目に入った。なんで笑っているのか、俺には分からなかった。君は、つい先ほど想い人に告白をして、断られた。泣くなら分かるが、何故笑っているのか。俺はそれが気になった。それを聞こうとした。だが、聞くことが出来ない。意思に反して、言葉が出てこないのだ。 「もう、この『時間』は、いらないや」 君の顔は寂しそうに、または、愉しそうに歪んでいた。その笑顔はまるで、新しいゲームを手に入れた無垢な子どものようで。快楽を得た汚い大人のようで。 (あれ、この笑顔、どこかで……) そう思ったが最後。 俺の世界は闇に包まれた。
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