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ワンボックスがスピードをあまり出していなかったことが幸いして、外傷は腕の骨折と頭部の擦過傷だけで済んだ。
あの規模の事故としては、きわめて運がよい事例だと医者は言った。
現場から病院が近かったこともあって輸血も迅速に行われ、命に別状はないということがすぐに判明した。
……けれど、ユミはすぐには目を覚まさなかった。
原因はわからない。
ひょっとしたら精神的なストレスが目覚めない原因になっている可能性もある、という話をユミの両親から聞かされた時、わたしは気が気ではなかった。
わたしのあの話が、そこまでのショックをユミに与えてしまったのだろうか。まさか、そんなこと、あるはずない。
……そうは思いつつも、責任を感じずにはいられなかった。
わたしはそれからユミが目覚めるまでの間、毎日学校帰りに病院に通った。
このまま、無二の親友を……それ以上の存在を失ってしまうのかと思うと、夜も眠れないほどに不安だった。
ユミが目覚めたという知らせを彼女の母親から聞かされたのは、事故があってから三日後のことだった。
しかし、目覚めたユミの様子が少しおかしいのだという。詳しくは電話では話せないから、と言われたわたしが病院へ向かってみると、そこにはユミの変わり果てた姿があった。
彼女は、事故以前の記憶を全て失っていたのだ。
自分の名前はもちろん、両親の顔も何もかも、思い出すことができないのだという。
彼女が唯一反応を示すのは、なぜかわたしに関することだけだった。
わたしのことだけは、顔を見た瞬間に名前も思い出すことができた。
けれど、それだけだ。
それ以外は、何一つ思い出せない。
性格すらも、それまでの物怖じしない強い性格から一変して、引っ込み思案なものへと変わってしまっていた。
彼女は、わたしへの強い依存心を示すようになった。
わたしのいないところでは、実の母親に対してさえも怯えて話しかけようとしなかったし、声をかけられても反応しない。
無理はないかも知れない。彼女にとって、わたしは唯一覚えている現実世界との接点なのだ。それがなぜなのかはわからないけど……それでも。彼女に必要とされる限り、わたしはその期待に精一杯応えなければならない。そんな風に感じた。
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