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九月一日。
まだ気だるい暑さの残る、じっとりと湿った朝。
この上なく憂鬱な、二学期の始まりの日。
わざと遅刻ギリギリの時間帯になるまでゆっくりと支度していたら、それに気付いた母親に玄関の外へ叩き出された。
イヤだな、学校……行きたくないな。
そんなことばかり考えながら、それでも仕方なく、いつもの通学路をとぼとぼと一人歩く。
時間帯を遅くした甲斐はあったようで、幸い、周囲に他の生徒の姿はない。
そのことにほんの少しだけ安堵しつつ、わたしは牛歩のごとくゆっくりと重い足を運ぶ。
あぁ、できることならこのまま、背後から車に突き飛ばされて、うまい具合に全治二ヶ月ぐらいの怪我を負いたい。さらにうまい具合に、後遺症が全く残らないぐらいの感じで。
どこかに、そういう業務を請け負ってる闇のドライバーはいないものだろうか?
もしいたなら、ずっとお年玉を貯金してある口座から、三万円ぐらいならすぐ引き出して渡せるのに。いや、そういう闇稼業は三万円ぐらいじゃ動いてくれないか。
「はぁーあ……」
無意識に、ため息が出る。
ため息をつくと幸せが逃げるとよく言うが、もとより幸せが何一つ存在しないようなわたしみたいな人間からは、いったい何が逃げていくのだろうか。できることなら不幸せが少しでも逃げてくれればいいのだけれど……。
そんなしょうもないことを考えながらじっと自分の足下だけを見つめて歩いていたら、おでこを誰かの背中にぶつけてしまった。
「あ、ご、ごごご、ごめんなさっ……!」
大げさではなく、わたしはそんな風に謝った。昔から極度のあがり症で、家族以外と話すときは必ず言葉が喉元でつっかえてしまうのだ。吃音症、というのとはまた少し違うらしい。ただ、緊張して声が震えたり小さくなってしまう。そのことが自分でもわかっているから、何度もしっかり言い直そうとして、結果的に最初の一音が繰り返される。それだけのことだ。
「……だいじょうぶ。こっちこそごめんなさい。引っ越したばかりで、まだ道がよくわかっていなくて」
そう言って、こちらを振り返った女の子は、とても美しい顔立ちをしていた。
目鼻立ちがくっきりとしていて、日本人離れしている。勝手なイメージだが、英国人とのハーフなのかと思わせる。
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