2人が本棚に入れています
本棚に追加
いつの間にか、わたしは目を思い切りつぶっていた。
だから、その時ユミがどんな表情をしていたのかわからない。
やがて、走って遠ざかっていくような足音が聞こえて、わたしはようやく瞼を開けた。
「ユ、ユミ……!」
彼女の姿は、わたしの視界の中ですでにとても小さくなっていた。
「ちがっ……ちがうの!」
思わず、そう叫んで、彼女の後ろ姿を追いかけていた。
わたしの鈍重な足では、もう間に合わない。ユミの足には追いつけない。
そんなこと、理屈ではわかっている。わかっているけど、止まるわけにはいかない。
ユミの前方には、大きな交差点の横断歩道があった。
うつむきながら走る彼女は、明らかに信号を見ていない。
「ユミっ……!」
彼女の姿が交差点に入る直前に、歩行者用の信号が赤へと切り替わる。
「ユミぃっ!」
わたしは叫んだ。これまでの人生で最大の声を出した。
……けれど、その声はユミには届かなかった。
響きわたる急ブレーキの耳障りな音。
わたしの見ている目の前で、彼女の華奢な体が、ワンボックスのボンネットに弾かれて、宙を舞った。
ユミは空中で、信じられないような表情をしてワンボックスの方を見つめていた。それから、ゆっくりと絶望に染まったまなざしを、わたしの方へ向けた。
「ユミいぃぃっ……!」
泣き叫びながら駆け寄った時にはすでに、彼女の頭から流れ出る血で、アスファルトが黒く塗れ光っていた。
最初のコメントを投稿しよう!