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「奥さん、どうしましょうか。ありのままをご主人にうちあけて、おいで願えないでしょうか」
電話越しの声はいつもどおり丁寧で紳士的だ。
私は意を決して受話器を強くにぎりしめた。
「あ、あの、よく考えてみたんですけど。やっぱり、打ち明けるのは無理です。家庭が壊れてしまいます。いろいろあっても、やっぱり私は今の主人とやっていきたいんです」
「奥さんのお気持ちはよくわかります。でも、これは決まりですので‥‥こちらへ来てご夫婦で映像を確認して署名していただきませんと、犯人を送検するための処理ができませんので‥‥」
若い刑事が苦りきっているのがわかる。それでもあくまで物腰は優しく親身だ。まるで警察官の鏡のよう。
夫の出かけたあとのマンションの居間で一人、立ったまま子機を握りしめていた。ふと目をやると三階の窓の外には見慣れた住宅街が広がり、道路を小型の宅配車が走って行くのが見えた。
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