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あくる朝、クイントゥスが二十段のステップを踏むと、床に置かれたランプの灯心はすでに光を失っていた。
牢からは水音が聞こえ、ユーリアが明かりに反応したことがわかった。
クイントゥスは格子の前にしゃがみ込むと、唇を引き結んだまま、どう言葉をかけるべきか迷っていた。
が、先に口を開いたのはユーリアであった。
「あたしを出しておくれよ」
か細い声であった。クイントゥスはしばし口ごもり、答えた。
「できん。だが、私の朝飯をわけてやることにしよう。食べるといい」
パンの切れ端を乗せた木皿を、クイントゥスは格子に触れるほどの距離へ押しやった。
ヤギのミルクを注いだコップも、その隣に添えてあった。
「そんなものいらないよ! 代わりにあんた、ここにいておくれよう。一人にしないでよ」
幼い子供のような口調であった。
「今日は非番だが、用事がある。暗闇がこたえたのか?」
「暗闇が怖いんじゃなくて、この場所がいやなんだ。別のヤツが隠れてるんだ。真っ暗になると私の体を触るのさ。滑った手で水の中から触ってくるんだ」
「ネズミの仕業だろう。連中は泳ぎも上手いから」
「ネズミが言葉をしゃべるのかい? 私に話しかけてくるんだ。上手く説明できないけど、まずい感じなんだよ。あいつら、私がここにいるのが気に入らないのか、それとも……」
「それとも?」
「あたしを――」
それきり、ユーリアは絶句してしまった。
圧倒的な恐怖が彼女を苛んでいるようだった。
クイントゥスは、新しいランプを床に置き、古いランプを掴んで立ち上がった。
「私はもう行く。明かりは絶やさないようにしてやるから、それで我慢するんだ」
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