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「パテの残りはもらってくぞ。先に引き上げるから、ゆっくりしていってくれ」
「もったいねえ。久しぶりの休みだろうに」
今引き返せば、日没を待たずに屋敷へたどり着くことだろう。
クイントゥスが牢の娼婦、ユーリアにしてやれることは、照明を絶やさぬことだけである。
「いやはや、今度は女か」
身支度を整えるクイントゥスをよそに、フルーギーがひとりごちた。
「だんな様の病気も困ったもんだ。無体が続けば、いずれは大事になるかもわからん。その時俺たちはどうなる? 仕事を追われ宿無しになるのか?」
「神のみぞ知る、と言うやつさ。ではな」
クイントゥスは曖昧な結論でフルーギーに別れを告げると、着物の裾を手繰り寄せながらひしめく客の合間を抜け出した。
かつては、仕事を追われ宿無しになる――全てを捨てて屋敷を離れるということも考えぬではなかったが、いまさら罪だけを背負って己の人生を放棄しようとも、苦しみが果てることは無いであろう。
逃げ出すには遅すぎる。
恥ずべき事に加担し、恥ずべき事に手を染め、多くを裏切った。
全ては手遅れなのだ。
……
雑踏にもまれながら、クイントゥスは日没を待たず屋敷へたどり着いた。
彼が魚のパテを携えて地下室へゆくと、牢に待つはずのユーリアは、頭の先まで水へ漬かって事切れていた。
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