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水牢がもたらす人間性の破壊は、いかに聡明な人物であろうとも、乗り越えることができない。
ひとり牢にたたずむクイントゥスを苦しめるのは、自身が生み出す陰惨な妄想なのである。
例えば、クイントゥスが漬かる液体の正体について考えてみよう。
液体を形作る大部分は、屋敷が立つ丘に流れる清潔な湧水であった。
とはいえ、それは過去の事実であり、循環を失った水は腐敗し、粘性を帯びた藻とカビを育む羊水となる。
さらに、腐り水には後から数え切れぬ負のエッセンスが加えられてゆく。
クイントゥスの汗、クイントゥスの垢、クイントゥスの唾液、クイントゥスの血液、クイントゥスの吐物、クイントゥスの尿、クイントゥスの糞便、クイントゥスの皮膚のかけら、クイントゥスの毛髪……
最近牢へ入れられたクイントゥス一人をとっても、膨大な汚染が液体を変質させている。
なにより、この水牢の味を知ったのはクイントゥスだけではない。
つまり、無数の奴隷と一人の娼婦が、その肉体と代謝物を水へ溶け込ませたのである。
クイントゥスが思うに、精神に崩壊の兆しを得たのはクイントゥスのみならず、他も一様の結果をたどり、そこで生まれた狂気や意識の明滅と混濁という目に見えぬ負のエネルギーも、腐液に溶け込み水牢を満たしているであろう。
死にゆく人体をとりこんだ究極の腐敗の混ぜ薬が、いまクイントゥスの肌と粘膜を通して浸透してくる。
やがて浸透が臓腑のきわ、体の奥底まで達したと感じたところで、クイントゥスの神経はぶつりと音を立てながらちぎれ、クイントゥスにこの世のものと思われぬ絶叫をあげせしめるのである。
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