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「報いが下ったということなのか?」
クイントゥスは尋ねた。
「報いというわけでもない。お前の前に死んでいった連中は、悪事を働いたわけではないだろう」
暗闇は答えた。
「私はここから出ることができるのか?」
クイントゥスは尋ねた。
「出られるわけがない。お前は牢から生還した人間を見たことはないだろう」
暗闇は答えた。
「死んで出てゆく他はないということか」
「おい、死ねば出れると考えているなら大間違いだぜ? 」
暗闇から突如として、目を見開いた人間の顔が現れた。紛れも無いクイントゥス自身の顔であった。
もはやクイントゥスは、人気のない牢の中で何者かと会話する記憶が生まれるのを訝る知恵さえ失っているが、奇怪な顔がしわがれ、眼窩から濁った目玉を垂れ落とす瞬間には、今一度狂気の悲鳴を漏らすことになったのである。
クイントゥスは水中にある積み石の上に立ち続けた。
体力はとうに限界を迎えていた。
水に浸り続けた皮膚は膿んだ傷跡のようにふやけ、じくじくと針の先で刺されたように痛んだ。
重力に耐え続ける足の骨は、鍛冶場の鉄のように赤熱し、芯からうずきを訴えていた。
腰の継ぎ目が斜めにねじれ、胴体の軸がちぎれかけているのがわかった。
空になった胃は執拗にひきつり、渋い味の胃液をくみ出した。
激しい苦痛にまみれ、クイントゥスは生きているのであった。
だが、いよいよ迎えの時が訪れたとみえる。
凍りついた時間を破り、格子扉の外から鮮烈な明かりが差し込んだ。
クイントゥスがまぶしさに潰れそうになった目を細めると、見覚えのある女が格子扉を開き、牢の外に跪いてクイントゥスを待ちわびていた。
光にまぎれた表情は一定しなかったが、次第に目鼻立ちが固まって、美しい薄笑いを浮かべた。
娼婦のユーリアである。
牢で溺れ、朽ちるばかりの遺体となっているはずのユーリアである。
どのような因果で彼女がクイントゥスに微笑みかけるのか、理解は及ばないものの、やわらかな彼女の表情はクイントゥスに許しを約束していた。
クイントゥスの目から、枯れ果てたと思っていた涙があふれた。
涙は鼻とひび割れた唇の表面をつたい、彼を包む腐臭を放つ液体の中に落ち込んだ。
動かし方さえ忘れていた彼の足に力が戻り、ゆっくりと前へ向かって踏み出された。
クイントゥスはついに、喉から手が出るほど求めていた、死者の許しを手に入れたのである。
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