五、

4/5
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
…… 「早く引き上げろ!」 クイントゥスのわきの下に乱暴に手が差し込まれ、体は一気に牢の間口を通過した。 「急に水に飛びこんで、どうしたんだ。息はあるのか」 水を吐き、ひきつるように息を吸い、咳き込んだ。 弱りきったクイントゥスは、硬い石の床に横たえられていた。 「クイントゥス。私だ、わかるか?」 彩色タイルが剥げ落ち、あばた顔になったモザイク壁画の勇者たちを覆い隠して、クイントゥスの視線に何者かが割って入った。 「誰だい?」 「カトだよ。お前は助かったのさ」 クイントゥスは混乱のきわまりにあった、ここにはユーリアがいたはずだと、しばらくは瞳を右へ左へ動かして彼女を探していた。 「助かった?」 「だんな様が身罷ったのだ。さきごろ、執政官の兵たちが、だんな様の身柄を押さえようとやってきたのだ。しかし、わずかな隙を見て、だんな様は短剣で胸を突いたのだ」 アッピウス家を支配した暴君は、永久に去ったのだ。 生身の人間に触れ、急速に正気を取り戻しつつあったクイントゥスの心に、疑問が生まれた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!