五、

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「執政官が兵を送ったということは、事が露見したということですな」 「ああ。筒抜けだった」 カトの声は固く、後悔と諦観に満ちていた。 「私も、まもなく調べを受けるだろう」 「誰が密告したのかご存知ですか?」 「残念だが、私ではない。屋敷の中の誰であっても不思議はないさ。牢屋のことを知らない使用人はおるまい。また、お前を慕わない人間もだ。許してくれ、クイントゥス。生涯屋敷へ尽くすことが幸せだった私は、お前を見殺しにするつもりだった」 「構うものですか。私があなたであれば、同じ事をしたでしょう」 腹が立つはずもない。 クイントゥスはカトに、上半身を支えてほしいと頼んだ。 カトは奴隷に命じることなく、自らの腕をクイントゥスの背に回して、彼を引き起こした。 部屋の隅に目をやると、横たわっていたはずのユーリアの遺体が消えていた。 「娼婦は処分したよ。今頃は海の底に沈んでいるはずだ」 クイントゥスが手にした許しは、たぶん、まやかしの許しだったのだ。 彼は命を救われたことに対する喜びよりも、命を救われたことによる悲しみを強く感じ、否応なく引きずり出されてしまった牢の間口を眺めた。 間口の先、開け放たれた格子扉のすきまには、黒々とした水面だけが広がっているに過ぎないが、遺恨を秘めたいくつもの瞳が炯々と輝いている有様が、クイントゥスには鮮明に見て取れたのである。 <了>
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