二、

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二、

海原に日が顔を出すと、沖で網を手繰っていた漁師たちが、大小の交易船が係留された港へ我先にと押し入って、船板に積もった魚を下ろす。 船止めの先に待つ女房たちは、滑る魚を箱にすばやくすくい取ってゆき、開けた堤防の石組みのうえで、腹をさばいてゆく。 潮と魚の内臓が発する鼻の曲がるような匂いが充満するなか、もやい綱にくくられた船は一定のリズムで揺れ動き、水面の上で跳ね回る。 陽光が灰色がかった町並みを照らす頃には、内臓を全て抜き取られた魚たちが、市街の入り組んだ路地へと運ばれてゆく。 路地では早くも商売人たちが、一日の売れ行きを勘案しながら、分厚い折りたたみ台を引き下ろし、商品の陳列を始めている。 そこへ、ひずめの音が聞こえてくる。 路地を行く漁師の女房と入れ違いに、二頭立ての馬車が河岸へと踏み入れてくる。 小太りの油問屋は御者台から身軽に飛ぶと、港湾事務所へまっすぐ向かっていって、人夫をひとかたまり連れ出して、前日に届いたオリーブ油の荷下ろしをせきたてる。 さらに日が高くなると、港を覆っていたもやが晴れてくる。 凪いだ水面にまっすぐ差し込んだ朝日は黄金色に照り返し、油問屋のあくびをとがめる。 油問屋は肩に力を入れて体をこわばらせ、眠気を発散させるために、ひとつ大きな伸びをした。 頬へ吹き付ける海風に促されるようにして陸へ目を向けると、窮屈な町並みのはるか向こうに、小高い丘にまばらに建った大邸宅の群れが見えた。 くすむ民家の土壁とは比べようも無い外壁の美しさは、そこに暮らす人間の立場を如実に象徴している。 磨かれたピューターのように光る壁の内側には、彫刻が施された幾本もの支柱が立ち、柱の上に見栄えのする赤い瓦が折り重なって屋根をなし、その切れ目にのぞく中庭には低木や草花が生い茂り、傍らには清涼な湧水をたたえた池が広がって、今日のような朝には、ほとりへ舞い降りた野鳥が楽しげにさえずっていることであろう。 まったもって、いまいましい限りであると、身分相応の富しか持たぬ油問屋は考えるが、油問屋の生活もまた、そうした豪邸を取り巻く経済に支えられていた。 なかでもアッピウス家の屋敷は格別であり、この港町――レキムスに集積する財物の半分は、そこへ引き取られてゆくと考えてよい。 代々続く商売により、アッピウス家は過大な富を醸成し、それを他人に渡すことなく守り続けている。
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