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湯の入ったゴブレットを傾けようとしていたフルーギーの眉が、ピクリと動いた。
彼は樫材のテーブルに半身を乗り出すと、声を落として尋ねた。
「よう。まさかだが。今度穴倉に入ったのは、女か?」
「ああ」
「なんで女が放りこまれる?近頃は屋敷に女の奴隷はいなかったろう」
……
フルーギーのささやきを耳に挟みながら、クイントゥスの意識が昨晩へとさかのぼっていった。
昨晩、クイントゥスの前にユーリアという名の娼婦が引き連れられてきたのは、屋敷の庭先にある番小屋から、自室へ戻ろうとしていた最中であった。
奴隷たちに両腕を抱えられながら、ユーリアは足をばたつかせたり、奴隷の耳に噛み付こうと首を伸ばしたりして、散々な暴れぶりを披露していた。
番小屋には執事のカトが先立って踏み入れてきて、クイントゥスに事の委細を述べ伝えた。
「この女を牢屋に入れたい」
深いしわの這う物知り顔を崩さず、カトは言った。
「牢屋へですか。何者です?」
「だんな様が連れてきた娼婦だよ。寝所で粗相があったらしく、立腹して牢へつなぐよう仰ったのだ」
「ですが――」
クイントゥスは言い淀んだ。
「ですが、この女はわが家の奴隷ではないでしょう。牢屋へ入れて良いものでしょうか?」
クイントゥスの指摘に対し、カトは冷静さを取り繕っていた。
「良いと仰っている。これは自由民だが、何日か牢に置いて反省を促す心づもりのようだ。命は取らん」
果たして信用してよいものだろうか?
クイントゥスは内心不安を感じた。
牢につないだが最後、だんな様、つまりアッピウス家の当主が命じない限り、娼婦が命あるうちに日の光を浴びることは無いはずである。
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