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五、
クイントゥスがカトに娼婦が溺死した旨を報告すると、カトは心なしか青ざめながらも、不幸な事故を穏便な形で始末することを約束した。
しかし、晩餐の時刻を待たずに告げられたのは、溺死したユーリアと引き換えに、クイントゥスが牢へ入るべし、とのアッピウス家当主の意向であった。
自室から引き出されるクイントゥスのもとには、逃亡を恐れてか体格の良い奴隷が四人送られてきただけで、カトが顔を出すことはなかった。
長いこと牢屋に関わったなかで、クイントゥスは初めて牢の内側からの景色を見た。
彼は絶望的な境遇に置かれているにも関わらず、まるで他人事のようにその境遇を分析していた。
耳慣れた金属音と共に閉じられる格子扉の向こうには、青白いふくらはぎが覗いていた。
牢から取り出されたユーリアのものだった。
自由民である彼女の亡骸は、ずさんに葬ることもできまい。
カトなら、あるいは自分であれば、梱包の上で屋敷から運び出し、港の船荷に紛れさせ、遠くレキムスを離れてから海へ捨てさせることだろう。
それをやってのける商人は、アッピウス家ならば山と手配することができる。
自由民がひとり姿を消すことは、罰を受けた奴隷が共同墓地に運び出されることと、実のところ何の差もないのだと、クイントゥスはようやく理解することができた。
視界からひとすじの光が消え、奴隷たちが地下から去っていった。
外界では目蓋を閉じてさえ味わえぬ完璧な暗闇と、止むことのない耳鳴りだけがクイントゥスを包んでいた。
ただし、牢に満ちた水から立ち上る臭気と、皮膚を通して感じられる不快な水のうねりは、ひときわ鋭敏なものとしてとぎすまされ、クイントゥスの運命に寄りそうのである。
……
牢へ入ってから、日が移り変わっているだろうか?
クイントゥスに尋ねる者がいたとしても、すでにクイントゥスは答えることができない。
ここまで、クイントゥスは幾たびか格子戸へ飛びつき、クイントゥスは幾たびか渾身の力で頭髪をむしり、クイントゥスは幾たびか発作的に絶叫した。
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