四、

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四、

「どうしたクイントゥス。ずいぶん調子が悪いようじゃないか」 水牢から奴隷の姿が消えて半月ほど後、クイントゥスは公私共に親しく交流のある厨房長のフルーギーを連れ、繁華街の一角にある喫湯店に足を運んでいた。 返答の合間に、果実の絞り汁を垂らした湯を口に含むと、腹の底まで滋養が行き渡るようであった。 実際、疲れきっているのだ。それも、ここ数年はずっと。 「変わらないさ、フルーギー。季節の変わり目で少し滅入っているのかもしれんが」 「ろくに表へ出ないお前が、俺より先に滅入るはずがない! 炎天下の市場で食材の手配をするのは重労働なんだぞ!」 フルーギーはクイントゥスの肩を乱暴にどやすと、屋台からつまんできた魚のパテを指で豪快にねじとって口に運んだ。 (ああ、これだからフルーギーはいかん) クイントゥスは頭を撫でながら、自嘲的に唇をゆがめた。 わが親友は男性が誇る古典的魅力の全てをもっている。 すなわち、低くつぶれた鼻、顔中を覆うひげ、ギョロリと睨む両目に、体毛まみれの巨体と禿げ上がった頭頂である。 造作こそは凛々しく整っているものの、頬がこけ線が細いクイントゥスとは、まったく対照的なのだ。 二人の容貌はおおよそ、内面についても忠実であった。 万事くよくよとして心労の耐えぬクイントゥスと、向こう見ずで恐れを知らないフルーギー。 この事実を受け止めるにつけ、クイントゥスは柔らかな産毛のほかは生えない二の腕を眺めては、親友の気性をうらやむのである。 「病は気からと言うだろう。おまえは方々へ気をかけすぎるから、息抜きができないのさ。だからこそ出世も早いのだろうが」 パテに添えられた、野菜の和え物を指先でかき集めながら、フルーギーが言った。 「うんざりだ。出世をしても苦労するばかりで面白くない」 「これだからクイントゥス、お前はいかんのだ」 さきほど胸に納めておいた台詞を返され、クイントゥスは目をむいた。 この男は遠慮を知らない。頭脳と口が直結しているのだろうか? 「苦労を忘れるには楽しいことをすりゃいいのさ。女でも買って、パッといこう」 「女か……」 ごった返す喫湯店の喧騒が、周囲から不意に遠ざかった。 クイントゥスはため息をもらし、深く腕を組んだ。
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