1人が本棚に入れています
本棚に追加
わたしと史人くんの前に、それぞれホットコーヒーが置かれた。わたしは砂糖とミルクを入れて、乾いた喉を潤す。
「ここいい感じでしょ。俺も友達から教えてもらったんだけど、まさか先生がオーナーなんて知らなくてさ。いい先生だから、色々相談乗ってもらったりしてるんだ」
「そうなんだ。わたしもここ行きつけにしようかなぁ」
「いいと思う!先生喜ぶよ!」
ゆっくり珈琲を飲み、会話を楽しむ。なんてことないことが、こんなに楽しいなんて。史人くんに会う前のわたしの人生は、どれほどつまらないものだっただろうか。毎日決まった時間に起床し、身支度をし、会社に出勤する。いつもの作業を一日こなし、定時に上がって帰宅し、ご飯を食べ、風呂に入って寝る。一日の流れはもう何年も変わっていない。もちろん休日は友人と遊ぶし、趣味だってあるのだから、充実していないわけではない。
しかし、わたしはきっと周りの友達と無意識に比較していたのだ。周りはいわゆる『リア充』であり、仕事も趣味も恋愛も充実している。様々な人から色々な愚痴を聞くが、その横顔は皆いつもどこか楽しそうなのだ。
「もうこんな時間!そろそろ出ようか。先生ごちそうさま!」
外に出ると、急に現実に引き戻されたような気分になった。見慣れた街並み、そして頬に突き刺さる寒さ。日が傾き、昼間よりも一層寒さが増したように感じるのは、気のせいではないだろう。
薄暗くなってくると感じるこのさみしさは何なのだろうか。
もう帰らなければいけない。
一人で住むあの部屋に戻らないといけない。
現実に帰らなければいけない。
一日一緒にいて、美味しいディナーを食べ、普段の倍以上楽しかったからだろうか。
「ずっと一緒にいられればいいのに」
そう思っているのはわたしだけなのだろうか。昼間と変わらない笑顔の史人くんの横顔を眺めながら、ゆっくりと駅に向かって歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!