プロローグ

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「……陽介って、いや、やっぱり何でもない」 ぷいっと不機嫌な様子を見せた遙奈の腕を引く。 「遙奈」 何だのよ、と促せば躊躇しながら小さく呟いた。 「来年、大きい花火大会に行きたい」 だからその時着たいのだと言うと遙奈は顔を伏せた。 「ん、分かった」 「ほんと?」 伏せた顔を勢いよく上げる遙奈。 「約束する」 「絶対だよ!」 嬉しそうに笑うな。 陽介は心の中で苦笑する。 「……分かってるよ」 納得したのか遙奈は陽介の部屋のドアに手をかけた。 「陽介」 「ん、何」 「……いいや、やっぱり何でもない」 早く行こう! と遙奈は先に部屋を出ていく。 来年の春から陽介は地元を出て都内の大学に進学する。 遙奈の勉学では到底届かない――そもそも遙奈とは進路が全く違う――大学だ。 地元の同じ大学に行きたかった。それが叶わない事だと分かっていても。 だから卒業までの時間を陽介と過ごしたい。 些細な、それでいて思い出になる時間を。 「何、ボーっとしてるの? いくよ」 後ろから声を掛けられたかと思えば次の瞬間には右手が握られる。 もう、小さい頃からずっと同じ。 陽介に手を繋がれて地元の祭りを歩いてくのがいつの頃からか【普通】だった。 付き合っている訳ではない。 お互い「好き」という感情を口に出したことが無いのだ。 屋台でいくつかの食べ物を買う。 そうして二人は二人しか知らないいつもの穴場に向かい、定位置に腰を降ろした。 それから暫くして。 「ねぇ」 「ん?」 声を掛けられて陽介が返事を返すが、そこから先の言葉はない。 「――やっぱりいい」 遙奈は視線を落としていたことに気付いて陽介は怪訝な表情を浮かべる。 「お前、今日変じゃないか?」 「――全然」 「そ」 それ以上陽介も何も言わない。 ただ二人で黙々と目の前の食べ物を頬張っている。 ドーン、と花火が上がった。 薄暗い中にいる二人を何発もの花火が照らしていく。 「陽介」 「ん?」 「来年も、一緒に来てくれる?」 「――ああ」 きゅっと握った手を陽介が同じ強さで握り返した。 好きだ、と言えたら楽になるのだろうか。 今の関係が壊れるのが怖くて、お互い想いを口に出す事はなく気付けば月日が流れていた。
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