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「困ったもんですねえ」
「申しわけありません」
「その年で迷子でもないでしょう」
男は季節ものの薄手のコートを着て、今、中高年ではやっているハンチングを頭にのせるようにふわっとかぶっていた。ズボンや靴の色をコートに合わせ、シャツと靴下をアクセントにしているところをみると(どもれも少々くたびれてはいるが)、呆けているのでもないらしい。
持ち物は片手にビニール袋とスコップのはいった手提げ、そしてもう片方の手にはリードを持って、その先にはかなり年をとった茶色い犬がつながれている。
「犬の散歩をなさっていたんですね」
「そうです」
「それならおうちのご近所を歩かれていたんではないのですか」
「そうなんです」
男は辺りを見回して首をかしげている。
「どうやってここまで来たんですか」
「いや、それが」
「?」
「この犬のいうがままに歩いていたら、いつのまには知らないところに来てしまったんです」
茶色い犬が白く濁った眼で哀しげに見上げた。
「お散歩はワンちゃんまかせなんですか」
「もう、年でしてね。無理に引っ張って連れ回すのもなんなんで、こいつの行きたがる方へ行きたがる方へと歩くことにしているんです」
「困りましたねえ。いくら年をとったからといっても主体は飼い主であるあなたがもっていないと」
「行きたい方にといっても、それほどの距離は歩けないし、大抵は同じようなコースを歩いているはずなんですが」
「そうやって人(犬だけど)まかせにして、くっついて歩いているからこんなことになるんですよ」
改めてモニタの画面のファイルを見ながらーーどうしたものかーーと考えていると電話が鳴った
「はい、もしもし……はい」
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