01 終わる日

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 小柄な貢を差し引いても長身な男、松岡万嶺(あまね)は、貢の職業選択に大きな影響を与えた尊敬すべき存在だが、それと同時に、その強力すぎる引力によって、恋愛観を書き換えさせられた上司、兼、付き合ってそろそろ二年になる恋人だ。 「だから今話しかけんなって。集中してんだから」 「そんなことしなくても一旦ザルに流せばいいだろう」 「洗い物が増える。何のためのインスタントだよ。余計な物は使わない」 「じゃあザルは俺が洗う」 「このくらい平気だって。もう黙ってろよ」 「火傷したら舐めてやる」 「マジ黙ってお願い」  今の貢にとっての最優先事項は空腹を満たすことであり、更には、硬麺好みの貢としては一刻の猶予もないなのだ。  しかし、松岡は貢より五歳年上ということもあってか、恋人の貢を過剰に子ども扱いするきらいがあり、あまり悪態を返しすぎると「可愛い恋人の身を案じて何が悪い」などと、なんとも面倒くさい言葉の応酬を受けることになる。  一方、貢は、育ってきた環境が、両親と歳の離れた兄とその妻子と同居という、一般に大家族と呼ばれる人口密度だったこともあり、構われすぎることに慣れていない。  こういう展開の時は、話題を逸らすのが一番だ。 「それより松岡。今日は用事があるって言ってたじゃん。もう終わったのか?」  貢は相変わらず視線を手元にロックオンしたまま、いつの間にかザルを手にした松岡に話しかける。さりげなく「これ食べたら出かけようと思ってんだけど」と付け加え、今日という休日の予定を松岡に譲る気がないことを主張する。  松岡とふたりで過ごす休日が嫌いなわけではないが、ひとりの時間だって大いに貴重なのだ。 「――あぁ、用事は終わった。それで貢。お前に聞いてほしい話があるんだ」 「何の話? あっ、わっ! 具が流れ――っ、セ・セーフ……っ。ごめん松岡、やっぱりもうちょっと話すの待ってて」
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