02 憧憬 ― 2年前 ―

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 当時の貢は、学業より部活動優先という体育会系のクラスメイトに囲まれ、日毎に男らしさを増していくクラスメイトと小柄で女顔の自分を比べては劣等感を膨らませていた。  そんな貢の目に、ユニセックスな風貌の松岡が見せる、うちに秘めた強固な情熱が誰よりもかっこよく見えたのだ。  それからの貢は、アイドルの追っかけにでもなったように、松岡が手掛ける仕事を徹底的にチェックし、それまで全く興味のなかった美容業界に憧れを抱くようになった。  高校卒業後は、迷いなく松岡の母校である美容専門学校に進学し、運良く、松岡本人が所属するサロンの内定までこぎつけた。  最終面接の席では、予想だにせず、憧れ続けた松岡本人が面接官として現れ、貢は我も忘れて浮足立つという事態に陥ったが、どうにか採用をもぎ取ることができた。  ――その松岡さんが、今、その口で何と言った? 「あのぉ、すみません。よく聞こえなかったので、もう一回言ってもらってもいいですか?」  壁越しの雑踏が嘘のように静寂と緊張が貢を覆う。不穏に跳ね上がる自分の心拍音が、目の前の男に聞こえてしまいそうで、貢は必死に平静を装った。  早朝から雑誌の撮影でスタジオに入っていたという松岡は、貢に伝えていた時間より少しだけ遅れてサロンへやってきた。  ヘアサロン・エスカーサは、オーナー兼マネージャーの久木元を筆頭に、数名のスタイリストとアシスタントで構成されている。松岡も元々は店舗勤務だったが、メディア関係の仕事が増えた現在は店にいないことが多い。  以前、貢は、松岡見たさに客として来店したこともあったが、その姿を見つけることはできなかった。 「好きなんだ」 「……え?」  ずっと憧れていた端正な面立ちに、初めて見る緊張の影を見て、頭の中がフリーズする。  しかし、今このシチュエーションで、ずっと気がつかないようにしようとしていた違和感が、松岡本人によって暴かれてしまった気分だ。
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